人生、東奔西走

自分の人生の備忘録のつもりで作りました。

2019年秋にステルスモモに救われた話

 

沈み込んでいた一週間ほど。今日は定時で帰らされ、まぁダラダラと体力回復に勤しんでいた。

 

さて、まぁライオンズのCS敗退も効いてはいるんだが、底に、そこに至るにはいろいろと出来事があったりした。

まぁ、仕事のことを書き残すわけにはいかないので、そこについてはただまあ大変な時期に差し掛かっているとだけ。本当にまあ…。

 

仕事のことだけでは体力的に追い詰められたとしても、心理的安定を失うことはあんまりない。ここ一週間、まあもっというと10月に入ってからこちら側、降りてゆく降りてゆく生活が起きていたのは、少し前に話した自己肯定感の欠如。

そして、折に触れてやってくる現実のイベント。

 

金曜日のこと。

この日もかなり気合い入れて残業をしていたので、仕事から帰ってくると、ほぼほぼ試合が終わっているようなタイミングだった。これにて3敗。あとがなくなるという厳しい展開。

そして、実はこの日はとあるソシャゲのガチャ更新日だった。実は、金曜日、来るんじゃないだろうかと期待していたりしたのだった。自分ルールを破るといいことないんだよな。何事につけても落胆するという事実が恐ろしいから、期待することをやめよう。そういうことを肝に銘じていたつもりだったが、やはり期待すれば落胆というものがないといえば嘘になる。まぁ、そういうことを書き記すことにメリットはないんだけど、後々備忘録する際に、このくらいのボカシで書いていれば、俺は思い出すことはできるから…ということで。これなら検索には引っかからんだろう。

 

まぁ、そんなわけで展望の見えない仕事、崖っぷちライオンズ、まあもうちょっとの待機という三連発を食らって。そうですな…金曜日、そして土曜日の時点ですでにかなりグロッキーになっていた。

 

土曜日の午後、半ばやけくそ気味に久しぶりに回転寿司を食べに行ったりもしたけれど、どこかスッキリしないままにコンビニに立ち寄った。

まぁ、あんまり大きな声で言うことでもないけど、立ち読みするコミックっておおよそ人によって決まってるじゃないっすか。自分の場合、ヤングガンガンは今まで手にとったことのない漫画雑誌だった。

本当になんでだったんだろうか…と思うし、ことさらに運命論者的なことを言うつもりもないんだけど、まあ人生にはこういう偶然もある。

今週のヤングガンガンには「染谷まこの雀荘メシ」5話が掲載されていた。…いや、さも知ったかのようにいうけれど、このコミックの存在を知ったのがまさにこのときで…。なんにせよ、この5話が加治木ゆみ、東横桃子回だった。

 

東横桃子

私的フェイバリットキャラクターの集合体である加入者達、栄光の初期メンバーの一人であり…8年前、似たような状況下で出会ってくれたメンバーズ、ナンバー4。

以下、引用。

 

東横桃子(2011年10月~12月)

加入者達の幾代かの前身にあたる四天王の最後の1枠は、「咲-Saki-」から東横桃子であった。

本人の特殊能力であるステルス性能よろしく、四天王の中で東横桃子について語られた研究資料は数少ない。一方で、彼女がいたからこそ、四天王が四天王として結束するにいたり、今日まで続く加入者達の流れを形作ったのもまた事実である。自分史上における彼女の功績は決して隠匿されたままにして良いものではない。

 

東横桃子との出会いは2011年10月~12月、おそらくこの期間の後半と推測される。 というのも、同作との出会いはこの時期にテレビ東京で放送されていた1期の再放送であり、その放送期間がこの間なのである。

ただ、この再放送は傑作選であったため、各エピソードが実際にいつ放送されたかを確認することができなかった。ここでは仮に11月前後としたい。

 

東横桃子に限らず、加入者達の加盟に際しては、当時の自分の状況というのが大きく影響する。もともと加入者達という枠組みが私的な枠組みである以上、それは仕方のないことだ。

2011年11月前後の自分はコンビニでの夜勤が可能となり、稼ぎ始めたとともに、日中の大学と夜勤との間で体力的に疲弊する毎日であった。そんな折に、半夜勤を終えた自室で放送されていたのが、この再放送傑作選であった。 ちょうどステルスモモの活躍回であり、それが東横桃子との出会いであった。

疲れのピークの中で出会った、好みのキャラクター。それを身も蓋もなく、偶然と片付けてしまうのは性急であろう。

尋常ならざる影の薄さゆえに、存在を認知されないという境遇。そんな中で、君がほしいと言ってくれた先輩の為に、その自身の能力を生かして大会出場をするステルスモモ

その能力に惹かれること大であった。ステルス性能を麻雀に活かすその方法を見た、そんなのありかよという驚きとともに迎え入れていた。

個人戦で先輩の仇を打つべく、挑んでいく姿も良かった。 彼女の行動原理は常にまっすぐであり、単純に見えるかもしれないが、その真っ直ぐさを貫くことは難しい。 出会いから6年半。ステモの愛称で親しまれる彼女もまた、堂々たる初期メンバーの1人なのだ。

加入者達の変遷について -前編-(1~7人目) - 人生、東奔西走

 

 引用が長い。まぁ、そういうわけだ。

しかし、俺の人生におけるステモの登場条件に俺が疲弊しきっていること、ってのが成約としてあるんじゃないかってくらいに出会いのシーンと似通っていた。

 

日曜日を迎える前の時点で「2019年シーズンが終わったら、どうなるのか」「俺に何が残るのか」という類のツイート、記事をポンポン放り投げていたが、これについて「いや、ライオンズって人生三本柱のうちの一本じゃなかったっけ?」と思われた方はまぁ、正しい。

しかしまあ、端的に言うと、そのライオンズでさえ柱としての役割が難しくなるような状況がやってきていたわけ。めちゃくちゃ大変、ってわけじゃない。むしろこの程度のあれに音を上げそうになっている自分のほうに辟易している。まぁ、そのあたりのめんどくさい葛藤はわざわざ書き残さない。どうせ、このくらいふわっと書いておけば後で読んだときに思い出せる。

 

話がそれた。シーズンが終わっても、他にもいろいろあるだろう、という話だった。ただ、それを事実として実感できない日々がやってくる予感があった。

そういうお先真っ暗感の中に現れたのが無色透明のステルスモモだった。

 

いやー、やっぱりステモってかわいいんすよね…。何年たっても好みのキャラクター。咲をシリーズとして追っかけているわけじゃないから、随分久しぶりに出会った気がする。そうなんだけど、久しぶりにあったステモはやっぱりステモで…。

加入者達という機構について、「一瞬の感動を保存しておくシステム」という評があるけど、あれはやっぱり正しいのかもしれない。

久しぶりのステモに「やっぱ好っきゃねん」とジーンと来ているとき、ああ、俺の感受性さえ死ななければ、まぁ、何事が起きてもなんとかやっていけるという新たな実感を得たわけ。

「自分の感受性くらい、自分で守れ馬鹿者よ」とは茨木のり子さんの言葉だったろうか。こういう感受性さえ失わずにいれば…まぁ、なんとかやっていけるかな。

 

ステモに再び救われてから4日。

その後にやってきたド派手な自己嫌悪と苦い敗戦の記憶については稿を改めるけども。

 

…これ伝わんねえよなあ。多分、後々読み返した俺以外に伝わらない記事を書くあたり、やっぱりこのブログは備忘録なんだろう。

 

100.6