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人生、東奔西走

自分の人生の備忘録のつもりで作りました。

凪のとき

野球記事以外書くの久しぶりだ。

それもそのはず、この一週間ほど生きながらにして、非生産的な日々を送ってきた。

原因は首の神経痛からの首肩の痛みと左腕の倦怠感と脱力感。

思えば一年前にも、飲み会が立て続けにあって仕事も忙しかった時分には、左腕に不調がやってきたなぁ。

網膜剥離をやらかしたのも左目で、中学のときに割れた爪がいまだに治っていないのも左手。元来左利きのくせして左半身が不調を訴えることたびたびである。

 

 

25年も生きてくると、自分のバイオサイクルみたいなものがわかってくる。

季節の変わり目には神経痛がでやすい。炭水化物ばかり食べると脂っぽくなる。花粉症のシーズンはまず目から。

 

それと同じようにメンタルの波もわかってくる。

テンションが高くてとにかく無茶をしたがるシーズンもあれば、寝て起きて寝るだけの休日を過ごす時期もやってくる。

 

何がいいたいかというと、自分の心身との付き合い方というものがだんだんわかってくるということ。

この一週間、神経痛がやってきて、心が弾力を失って無気力に。

そういうときはただひたすら座して待つしかないというのは経験則だ。

たとえば、暖かくなって痛みが引く。西武が勝って気分が高まっていく。ほんと、しょうもないことで割りと復活できる。

 

そのはずが今回は地味に長引いた。肩首の痛みは一週間以上たった今も治っていないし、ハートが凪いでいる状態も同じくらい続いている。

ゲームもアニメも映画も、娯楽に接する気力がなくなり、かろうじてhoi2のプレイと西武戦をちょくちょく見ていたくらい。

 

直近だと、武道館LIVEの直前にこんな時期がやってきた。

その時は、結局劇場版境界の彼方を見て、フラっと復活したんだった。

「君がいるから生きていられるんだ」という神原秋人の台詞は本当に好きなんスよね…、神原くんと栗山さんには幸せになって欲しいとそう思っています。

 

閑話休題

こういうときに、どうするのかというのはパターンが決まっていて、前回のときのように、とにかく自分の好きそうなものを見たり聞いたりする。

もう一つは、とにかく待つ。タイミングがやってくるのを待つ。放って置いたら外的要因で勝手に復活することがままある。その時を待つ。

 

どちらにしても、自分の行動が間違っていないという、自己肯定感を持っているという共通点はあって。

「今は、これを見て復活しようとしている、俺は間違ってない。」

「今は、ひたすら休む時。俺にはわかる、俺は間違ってない。」

って感じで。

 

とにかく、自分の選択について間違ってないというやけくそにも似た矜持を持って、再起を待つ。

 

直近だと、奈良県に行くときには復活してくれていたらいいなと思う。

そのためにも、今はゆっくりしようと思う。多分、俺は間違ってない。