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人生、東奔西走

自分の人生の備忘録のつもりで作りました。

武田鉄矢さんについて

本日もお疲れ様です。

日頃の挨拶が、こんにちはとかそういったたぐいのものから、お疲れ様に変わったのは大学に入ってからだったとはっきり覚えてますけど、今にして思えば、大学生の疲れと社会人の疲れとはぜんぜん違うものだとわかる。

 

さて、初めてパソコンから記事を更新していると、様々な機能があることにびっくりするけど、今のところ、それらの機能を使いこなせるほど詳しくもないので、おいおい使っていくこととして。

 

人生の備忘録という目的で始めたこのブログ。別に時系列に沿ってやるつもりもなかったけど、振り返ってみて、最初に自分の人生に大きな影響を与えた人といったら、武田鉄矢さんだった。

 

小学六年生の冬、テレビで偶然見た「金八先生第七シリーズ」の第14話。

この回のあらすじはこうだ。

 

 

 

3年B組に拡声器を使ってでないと、人前で話せない生徒(車掌)がいた。その生徒が同じクラスの女生徒に恋をして告白するも、それは拡声器を通してのもの。女生徒から「告白するときまでメガホン使うなんて。」と振られてしまい、意を決して拡声器を手放そうとする車掌。

しかし、自分のいじめられていた過去を打ち破った拡声器を手放すことができなかった。そんなとき、担任の坂本金八が車掌に声をかける。

「世界を変えるために、自分を変えてみろよ。」

 

 

小6の自分もいっちょ前に悩んでいた。人付き合いとかクラス内での立ち位置とか、今にして思えば取るに足らないしょうもないことで。

そんなタイミングで金八先生のこの言葉を聞いたもので、当時の自分にはすごい救いだった。

「そうか自分が変われば世界は変わるんだ。」という発想に取り憑かれ、なにかにつけ、悩むことがなくなった。いざとなれば、自分が変わってやればいいと、自己変革を保険にしてしまえるようになった。

それが、自分と武田鉄矢さんとの記念すべきファーストコンタクトだったことをはっきりと覚えている。

 

金八先生第七シリーズの放送が終わると、僕は過去のシリーズをレンタルしてはくいいるようにみていた。

耳心地のいい言葉、理想、信念は中学生になった僕を、相変わらず夢中にさせた。

第8シリーズの放送中、金八先生シリーズを熱く語る自分に、英語を受け持ってもらっていた先生が言った言葉がある。「でも、現実はああはいかない。」

なんともまぁ、中学生の時分には夢のないことを!と思ったものだが、今にして思うとその通り。あのドラマの世界は夢幻の如く、フィクションの世界だった。

そのことに気がついたのは、多分大学生になってからだったと思うけど、この話はそのうち。

 

さて、金八先生シリーズが終わっても、武田鉄矢さんは僕に影響を与え続けた。

俳優でもあるけど、そもそも海援隊というフォークシンガーなのだ。海援隊の歌は僕の高校時代のテーマ曲である。

「思えば遠くへ来たもんだ」「母に捧げるバラード」「スタートライン」…。いろいろな歌が自分の高校生時代を支えた。

聞けば頑張れる、そういう歌のジャンルがあることを知ったのはその頃だったと思う。

金八先生ではあれだけ空想めいた理想論を振りかざしていたのに、それが歌っている歌を見るとどうだろう。現実に即した理想論を歌っているように聞こえる。

坂本金八はフィクションの存在で、海援隊は実在するフォークシンガーなのだから、それも当然のことなのだけど、海援隊の歌詞は、日々生きていて頑張りたいときにしっくりくる。眩しすぎず、暗すぎず、ほどよく明日への燃料になる。

例えば、

「愚かでもいい、まっすぐが、優しいことがしたいのだ。」(『まっすぐの唄』)

とかそういう素朴な応援歌めいたものもある。

高校生だったことから今に至るまで、すんなりと受け入れられるあたり、自分との相性がいいアーティストだったんだなと思う。

 

誰かに入れ込むという経験のはじまりのひと、武田鉄矢さんの歌は今日も折りに触れ、日々生きていくエネルギーになっている。